AIDで生まれるということ~加藤英明さんに聞く~

AIDで生まれるということ~加藤英明さんに聞く~ Part-1
2012年 9月、光塾COMMON CONTACT並木町にて行われた加藤英明さんの講演会の模様を連載します。

 シリーズ「語る+聞く リプロダクションのいま」第2回
 AIDで生まれるということ~加藤英明さんに聞く~
 日時:2012年 9月22日(土)光塾COMMON CONTACT並木町
 主催:NPO法人市民科学研究室・生命操作研究会+babycom+リプロダクション研究会
加藤 英明 さん プロフィール
1973年生まれ38歳。AID(DI:非配偶者間人工授精)で生まれた立場から当事者活動をおこなっている。非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループDOG(Donor Offspring Group)メンバー。2002年、横浜市立大学医学部5年生の時に血液を調べる実習で、父親と遺伝的つながりがないことを知る。かつて父親が無精子症のため、慶應義塾大学付属病院で医学部学生から精子提供を受けたことを母親から告白される。以来、遺伝的父親を捜している。2011年より実名を公表して発言している。現在横浜市立大学附属病院 感染症内科医。
DOGサイト http://blog.canpan.info/dog/


 
 はじめに

どうも皆さん、初めまして加藤英明と申します。
白井先生にご紹介頂きましたが、AIDで生まれた子供の1人として、このような所にお呼び頂きありがとうございます。休みの日にこれだけの方に集まっていただいて光栄です。
先日は8月に大阪で、不妊治療を専門する産婦人科の集まりである受精着床学会というところでも発表してきました。そちらでは30分強でだいたい同じような内容でお話をしました。ただ、相手がプロフェッショナルだったこともありますし、今日は一般的な方向けに、それを1時間くらいでゆっくりお話しようと思います。メモしていただいたり、わからない事は途中で聞いて頂いたりできる位のゆっくりなペースでやろうと思います。

先に自己紹介としまして、私本業は医者をしております。横浜市立大学附属病院で、本来は内科の医師をしているのですが、今日は(スライドの)1番上の「DOG」と書いてありますけれども、「精子提供で生まれた子供の会」の者としてお話させて頂きます。ただこのDOGという会は別に会長が誰々で委員長が誰々というようなそういうものではなくて、なんとなく皆で集まってお互いに情報共有が出来る場としてありますので、すごい団体があるわけではありませんがまたそれはあとで写真をお見せしようかと思っています。


 
 1. 生殖医療と精子提供について

生殖医療の「当事者」とは

最初に、今日お話しするのはDI、精子提供の話ですが、前提として生殖医療というのは、患者と医師だけの関係ではないということです。私はどうしても医師という立場があるので考えてしまうのですが、患者と医師とが「治療してください」「治しますよ」というだけではなくて、そこに子供という新しいものができます。子供は医療によって出来た子供なのにも関わらず自分自身は「治療してください」とは一言も言っていないというところが、どうしても解決できないジレンマとしてあります。そのために、医療者と子供が対立する、また、親と子供が対立してしまうという誰もが満足できない結果が出来てしまう、そういう医療なんです。生殖「医療」と言っていますけれども、「医療」なのか「サービス」なのかちょっと難しい位置づけでもあるんです。本当にそれが医学なの?医療なの?というと、ちょっとわからない、という前提を頭に置いて頂けると、と思うんです。
AID-1
そもそも日本、世界でも子供の視線というのが非常に欠けている分野です。今後これが、「卵子提供」そしてさらに実は両親とも違っても、卵子も精子も買ってくればいいという世界がもはや成立しつつあります。そうなってくると、今度子供はどういう立場なのか、子供の意見が欠けていると更に変な方向に行ってしまうんじゃないかということを危惧しています。

去年慶応大学でいつも小児科の授業に呼んでいただいて1時間お話をするんですが、そこで学生にこういうスライドを最初に出しているんです。ちょうど野田議員が出産するしないという頃作ったスライドなのですけども、野田聖子議員は、ご自身は子宮は持っているけれども、卵子の機能が落ちて妊娠できない。だけれど夫の精子は残したい、だから他の方の卵子を買ってきて、自分の子宮で産めるのならば生みたい、そういった希望だったわけです。そして、そのちょっと前に向井さんというタレントの方が若いころに子宮を病気で取ってしまった、だから自分は子供を産めない、だけれども、自分たちの遺伝子を持つ子供を残すことは出来るんじゃないかということで、「子宮を貸してください」という契約をアメリカの方と結んだ、という2例が日本で大きくメディアを騒がせた2つの事件だったのです。

これまで精子提供だけだったのに加えて今度は卵子提供、そして借腹まで普通に行われるように、まぁ、普通に、とは言いませんが、やろうとすれば出来なくはなくなってきましたね。ただ、これはちょっと言い換えると、マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったのと同じで、「なきゃ買えばいいんじゃないの?」で、実際卵子は数百万円位、百万円強くらいで取引が出来るだろうと言われています。特にタイとか東南アジア系の国では普通に売買が行われているとも言います。子宮に関しては、これは当然リスクが伴いますので、一千万円以上かかると言われていますけれども、向井さんなんかはお金を払って、一千万円を払ってでも借りたわけですね。実際、お金を払えば出来るというところまで来てしまいました。
ただ、それをやり続けるとあまり良い事にはならないよ、と皆さん少し疑問に思うんじゃないかと思います。実際マリー・アントワネットはその後処刑されちゃいましたよね。ここからが用意したスライドです。今日は60枚位ありますけれど、ゆっくり目で、1時間ちょっとで終わるようにしたいかなと思っています。


非配偶者間の不妊治の問題

先ほどお話しましたように、不妊治療での医療の当事者は、普通は医者がクリニックなり病院を構えていて、患者さんが「妊娠できないんです」って来る。そして患者と医師の間で契約を結ぶわけですね。実際医療行為とは契約なのです。非配偶者間の不妊治療となりますと、非常に人間関係が複雑になります。そこで生まれてくるのは新しい人間、「子供」なんですね。子供が出来るための医療材料と言っていいかも知れませんが、精子もしくは卵子、場合によっては子宮を提供した提供者がいます。

提供者の立場はどうなのかという新しい問題と、そして今度は子供が孫を更に産む。そういった非常に複雑な関係があるのが、非配偶者間の生殖補助医療です。家族の構成が非常に複雑化しています。これは非常に模式的な図ですが、兄と弟が例えば本当の兄弟じゃなくて親が違う、更に複雑なことに、お兄さんと弟が親が違うだけじゃなくて、両方とも実の親じゃないとか、そういったことが普通に起こり得るようになってきています。家族関係というのが我々が常識で思っていた家族関係と、これからの家族関係って大きく異なってくる可能性があるんです。日本で行われてきた中で、一番古いのが、AIDという、非配偶者間の生殖補助医療です。


戸籍に跡が残らないDI

AID-2 非配偶者間人工授精、Artificial Insemination with Donor、を略して日本ではずっとAIDと呼んでいましたが、アメリカとか海外では、Donor Inseminationという言い方がポピュラーになってきていているので、ここでもDIという風にお話しようと思います。まだ社会的にはAIDという言葉のほうが定着しているかも知れません。匿名の第三者の提供精子を用いた非配偶者間の人工授精です。1949年に日本で第一例が出ました。

民法上というのがなかなか難しいところなんですが、これが大前提なんです。法律上生まれた子供はどうなるか?と、いいますと、民法772条の規定があって、産んだ人がお母さん、産んだお母さんとその際に結婚している人をお父さんとみなす、法律上で決めるという風になっています。精子が提供されたものであっても実際夫婦であっても、それは、民法は関係ない、という風に言い切っています。なので、(DIでは)戸籍には全く跡が残りません。私の実際、入学の時とかに戸籍謄本を取り寄せてみても、どこにも精子提供なんて言葉は一言もないです。しかし例えば養子の場合、「養子」って一言入りますよね。あとは特別養子縁組だと、何法の何条の規定によりって一言入るんです。なので自然と子供に事実がわかるんですが、DIは、民法上で規定がないものですから、戸籍を見ても何にもわかりません。だから子供に事実は永久にわかりません。ただし、親が偶然にしゃべってしまっただとか、親から突然言われた、何かのきっかけで知ってしまった、そういったものが増えてきています。


DIの施行数について

卵子提供 これは日本産婦人科学会の統計ですが、この「体外受精」とか「顕微授精」を併せたてだいたい年間2万人位、生まれていると言われています。全国で新しく生まれてくる子供の数が100万人ですので、だいたい2%の子供が既に何らかの形で顕微授精とか体外受精なんかを受けている、ですけども、この子達は、両親のそのまま、お母さんの卵子とお父さんの精子から出来た子供です。ただ、それに対して、非配偶者間の治療といって、夫婦の間ではない治療では16施設登録されていて、妊娠数がだいたい200位です。夫婦間と比べると100分の1位なんですが、それでも淡々と行われています。慶応大学というところが、このDIの治療を一番行ってきた大学で、報告書を毎年のように出していまして、そこから持ってきたデータが上です。

だいたい1970年代から80年代にかけてこれ位の数が報告されていますが、慶応大学だけの数ですので、実際の日本全国の数字は、統計がありません。この辺りから「日本全国の統計を集めましょう」といったガイドラインが出て、そこからは、このような形で登録施設は報告する、ということになっています。ただ、これも実際は、海外に行ってだとか、通信販売で買ってきただとかですね、色んなのがあるようです。最近あまり悪質なものは見ませんが、やっぱりまだそういう斡旋業者が有るのかも知れません。実際のところはわかりません。登録施設はやはり東京、名古屋、大阪、北九州が多いですけども、このような分布になっています。これは各施設が私たちはDIを行いますという風に登録しているので、その分常識的、良識的と考えています。


DIの2つの問題点について

DIの実際の問題点を先にお話しするとこの2つです。

 ・家族の危機的状況で突発的に知らされる
 ・血液検査で偶発的に知ってしまう


先ほどお話したように民法上、戸籍に全く跡が残りませんので子供は何も知らずに育ってくるのですが、ある時、家族の危機的状況で、突然知らされてしまう、という家が非常に多い。
例えば、ご両親がどうしても離婚しなければいけなくなった、そして、お父さんお母さんが喧嘩をしている中で抱え込めなくなって、「実はあなたは…」っていうようなことは、よく言われています。そしてもう1つは、病気が重たくなったりしてお父さんが亡くなりそうになった、そういった場合に、「お父さんは今病気で大変だけれども、実はあなたは…」っていうことを突然言われるということが、海外でも日本でもよく言われています。そしてもう1つ、こちらの血液検査のほうは、かなり例外的です。あんまり多くはありませんが、私も含めて時々、あると言われています。だいたいこの2つですね。
予期せず、そして特に、家族が離婚するだとか、病死しそうだとかいう危機的な状況で、更に子供にとって聞いたこともない、DIの話をされるという、極めて不幸な状況になることが多いのです。 
2. 事実を知るまでの経緯

血液検査

私の話を簡単にしますが、お恥ずかしいのであまり見ないでください(笑)。私は医師になって10年目ですけれども、医学部5年生の頃に、各病棟を回って実習していました。内科があったり、外科の中でも心臓の外科があったりお腹の外科があったり、耳鼻科だったり眼科だったり、そういった小さい科も含め10いくつかのセクションを1個1個ローテーションしていくんですが、その時に輸血部と臨床検査部という所がありました。皆さんが病院に行って血液を採るわけです、で、おしっこの検査をしましょうね、と言うと、実際は検査室に行って、検査の技師さんと検査の先生がデータを見たり、あと輸血の際の血液型の判定なんかもそういったところでしています。

僕は当時血液内科の白血病の治療に興味がありました。このポスター…そう、本田美奈子のポスターですね、この方も白血病で亡くなったんですが、白血病の根治的な治療のひとつに、骨髄移植というのがあり、兄弟間とか親子間で移植をするんです。HLAという、血液型の一種のものがあるのですが、それが兄弟間だと4分の1の確率で一致します。もし白血病の人がいて、骨髄移植をしましょうっていった場合には、家族の血液を全員採って、遺伝子型を全部調べるんですね。僕そんなところに、偶然興味を持っていました。

ある日技師さんが、「興味があるんだったらうちの病院の検査を自分で実習してみない?」という言われて、「是非やりたいです」と言って、家に採血管を持って帰って、両親から採血しました。純粋に検査をやってみたいなぁと思って、採血したものを試験管から移し検査機械にかけ、そうやって一緒に判断してみましょう、という内容でした。1週間位した頃で、技師さんが「結果が出ましたよ」って呼んでくれました。

血液型はABO、さらにプラスマイナスがありますが、白血球の血液型HLAには血液型は実は1万位あります。ここにAとかCとかありますけども、これがある程度一致しないと、骨髄移植はできません。家族の中の全員を調べて、できるだけ近い人のものを移植するというのが前提になってます。私は一人っ子なものですから兄弟がいないので、父親、母親、自分の3人の血液を採って見てもらった所、技師さんが結果をポンッと渡してくれないんです。「何か加藤先生おかしいですよね…」って見せてもらったところ、僕もちょっと眺めてから、「うん、おかしいなぁ…」って確かに思いました。例えばこの、Aのところの、26と31というのが血液型ですが、母親は31っていう数字を持っていて、それが僕に遺伝したわけです。ただ、父親は2と24っていう組み合わせですが、どちらも僕に遺伝していません。で、もう1つDRっていうタイプは、僕が持っている4が父親にはありません。ここまで違うと、これは親子じゃないよね?と、誰にでもすぐわかるんです。技師さんも「たまにあるんです、こういうこと…養子の方とかが偶然いらして、話してらっしゃらなかったりするんですよ」「あ、そうなんですか…」って言いながら、僕は結果を家に持って帰りました。まぁ、これを見たときは変な話だけども、「僕も養子なんじゃないかな」とか、あと、親戚の付き合いがすごく多かったので、「あの叔父さんの子供だったらいいな」とか思ってあまり気にしてなかったんです。


ある日、母に事実を聞く

これはやっぱりお母さんに聞かなくちゃと思って…ある日、家に帰ってみたら町内会の飲み会で父親が出かけていて、お母さんが家でテレビを見ていました。「これは丁度いいな」と、「お母さん、どうなってんの」って聞いたら、突然黙り込んでしまって、ぼそぼそっと言い出したのが、こんなことでした。

僕は両親が44歳のときの子供なので、両親はもう80歳なんですけど、両親とも30代で結婚したけれども、しばらく子供が出来なかった。で、母親は勤務先の病院の先生に「子供が出来ないんだけど」って言ったら、「じゃあ、調べてあげるよ」と、簡単に言われて調べてもらったら、お父さんの方にすごく精子が少ない、男性の方には一定の確率である無精子症でした。不妊の原因ってどうしても女性に思われがちなんですが、3~4割は実は男性側にあるんですね。女性の問題が5~6割、男性が3~4割、その他両者の問題というか、免疫の異常などが1割と言われていまして、実は男性の不妊ってすごく多いんです。

その相談した産婦人科の先生は、「これはお父さん側の問題だよ、でも、そしたら慶応大学というところがすごくよく診てくれている病院なので、そこに行ったらどうだい」って言って、紹介状をサラサラッと書いて渡してくれたっていうことなんです。そして受診したのがこの飯塚理八先生ですね、数年前にもう亡くなってしまいましたけども、日本の産婦人科学会の会長まで務めた、大御所中の大御所です。彼は「他人の精子を使った治療をやります」と説明し、慶応の医学生の精子で、匿名で名前や身元は教えられない、生まれてきた子供にはAIDのことは教えないほうがいいと言われて、更にお父さんの精子と提供者の精子を混ぜて使うので、生まれたらどっちの子供かわからないから気にしなくて良い、ということでした。

母親はかれこれ2年位通って妊娠しました。母親はもう慶応なんか通いたくないっていうのがあったようで、もう慶応には通わないようにした、病院の職員ですから、地元の病院に戻って、「普通に妊娠しました」と普通に妊娠の経過を追ってもらって、39週6日で僕が生まれたということだったんですね。病院の先生も普通に「満期産」って書いて終わり、普通に小児科の先生も「生まれました」で終わり。何も周りに気づかれることもなかったということです。

飯塚先生に後日、もらった同意書っていうのがこれなんですけども、精子提供者の同意書と、こっちが治療を受ける方の同意書ですが、よくよく読んでみると、提供者の情報とかについては、一切教えられません、隠しておいてください、というような事が書かれています。同意書だと思ってサラサラッと書いておくと、あなたはこれに同意しましたよね、ということになってしまいます。飯塚先生なり、今の後継者である吉村先生あたりが、きっと金庫か何かに管理しているんだと思いますが表には一切提供者の情報は出てきません。僕は、家に帰って母親に聞いた時点では、何とか叔父さんの子供だったらいいな、とか、適当なことを考えていたわけです。実際は「そんなことは聞いていないよ!」という結果になりました。


浮遊感...

AID-4自分の作られてきたピラミッドの、下が崩れていくような…よく浮遊感というか、浮いている感じを表現する子供が多いんですけども、自分のこれまでの人生を作ってきた、根本にあるところが崩れていくような感じ、というのを受けました。

私はさすがに母親に、慶応に何年位行ったんだとか、どういう人を提供者に選んでたんだとか、こう色々聞いたんですけども、母親はその辺りもう、答える気もない。かと言ってきちんと説明を受けているわけでもない、だから、母親に聞いても「そんなの知らない、私は興味ない」の一点張りで、途中からは「あんたうるさい」「あんたが勝手に調べたからいけない」って言い出してしまいました。
これはどうしようもない、と1人で部屋に戻って風呂入って、ボーッとして、天井見て「しょうがない」と、ポカーンとしていました。さすがにどうしたもんかな、とすごく困りましたね。

父親が一緒に写っている写真とか思い出すと、私の父親って44歳離れているので、僕が小学生なのに、おじいちゃんなんです。まだ1970年代生まれって、まだ子供が3~4人、2人いて当然の世代で、他のお父さんとか見てると、小学校の父兄サッカー大会なんかでも「○○君のお父さんシュート決めてスゲェ!」とか言われているのに、うちの父親はボテボテッと走っているだけですね。で、なんか海水浴とかに行っても、おじいちゃんに見えちゃうんですよ。それで、なんか悔しいなぁとは思ってたんですけど、それでも父親だよ、って思ってたのが、違うんだなって思われると、ちょっと切ないですね…。やっぱ自分が思っていた父親って何なんだろう…ってずっと思うようになりました。

母親は性格が非常に僕と近いですね。母親は短距離型なんです。あっという間にやって、あっという間に決めて、あっという間に終わりってなるんです。その代わり、怒ると怖い。父親はいつまでたっても決まらないし、あれこれあれこれやる。持久力はあるんだけど、あまり僕と似てないなぁって思っていたんです。父親のほうが保守的なんですが、僕はあんまりそういう感じじゃないなぁと思ってたんですが、親戚なんかに会うとみんな、お父さんに似てるわよ似てるわよって言うんですよね。…皆さん言ったことありますよねきっと。実際に背が高いのはお父さん譲りよね、とか言われるんですよね。そうすると、「似てないよなぁ…でも、似てるよなぁ?」って思って、それで20何年間かやってきたんです。でも、開けてみたら違っていたじゃん!っていうびっくりだったんです。

これは親戚一同ですが、従兄弟とか父方のこの親戚だと思っていたこの人たちも、血が繋がっていないことになりました。僕が知って3ヶ月くらいして親戚のところに遊びに行ったときに、「実はあなたたちと血が繋がっていないんですよ」いいました。「あらそうなの」みたいに、びっくりはされましたが、「あなたのお母さんなら、そういった医療も受けるわよね」と、なんか納得されてしまいました。今でもよく話は聞いてくれます。ただ、母親はもう何もDIに関しては話をしてくれません。 
 3. 日本のDI歴史と課題

アンケートが語る親と子の解離

卵子提供これは慶応大学の吉村先生や、DIを選択している不妊カップルの相談を受けている清水先生の。カップルはどう考えているかというアンケートです。誰にも相談しない、子供には知らせようと思っていない、提供者も匿名でなければ提供しなかった、と皆、隠しておいてほしいという考えがすごく強いんです。うちの親が隠しておいたというのも、そんなもんなのかなと思えてしまうんですね。

反面、子供はそんなこと思っていなく、ビル・コードレイという、アメリカの子供たちのグループを作っている、おじさんが作ったアンケートだと、もう絶対8割以上は話してくださいと思っていて解離があります。

実際にうちの親も誰にも相談していません。おじいさんおばあさんは知っていたの?って聞いても、「そんなの相談するわけない」それじゃあ親戚は?って聞いたら、「親戚も相談していない」。2人だけで決めて、2人だけで治療をしに行ったってことですね。

これは、アメリカの子供の1人が…意外とこのDIで生まれた子供って学者とか研究者とかになっている人が多いのですが、アメリカの産婦人科学会2004年の学術集会というところで、アメリカのDIで生まれた子供のアンケートを発表しました。
「あなたに与えられた情報は何ですか」と聞くと、提供者は全くわかりません50%、なんとなくどういう人かは聞いたけど誰だかは知りません40%、やっぱりアメリカでもこの頃は、全然知らされてなかったようです。

しかし、この後面白いのが、「提供者を探したことがありますか」、言い換えてよく「遺伝上の父親」という言い方をするんですけども、「探したことがある」が8割ですね。「どこまで知りたいですか」に関しては、「1度でいいから会いたい」35%、「提供者と仲良くなって交流したい」26%、「誰だか知っているだけでいい」25%います。でもやっぱり皆、何かしら知りたいし、交流したいと思っている。提供者を同じくする「兄弟に会いたいか」というと8割8分が会いたいと答えています。僕だって会いたいです。
ここで面白いのは「1度兄弟に会いました」という人が、このとき既にアメリカに数%いたんです。もしくは「親に会いました」という人。僕は初めてみた時は、本当に提供者に会えるなんてことがあるのか!と思いましたが、今は兄弟に会うのはもう普通になってきているみたいですね。それはさっきちょっと出た、Donor Sibling registryなどの仕組みが整ってきたからです。


1949年、DIの第一例が誕生

日本の話を続けます。日本では1949年に第一例が生まれました。確か48年に妊娠して、49年に第一例目の女の子が慶応大学で生まれたんですね。ただ、本当にやっていいのかどうか皆議論しているのですが、誰も答えを持っていません。議論だけしている間に1万5千人生まれてしまったというのが正直なところで、あまり子供の権利がどうこうとか、本当にやっていい治療なのかとか、議論する間もなく、どんどん生まれて来てしまった。実際にガイドラインが出来たのが48年後です。97年になって初めて、日本産婦人科学会が慌ててガイドラインを作りました。

子供の視点はどうかというと、実はこの時もまだありませんでした。2003年、僕達がちょうど動き出した頃にやっと、子どもの意見というのが出始めましたが、ひどいことに、子供がどう思っているのかなんてこの50年以上アンケートなんてとられたことがないです。子供はこう思っているだろうみたいな推測だけが飛び交っていたんですね。

第一例の時の家庭朝日という新聞がこれです。安藤先生という、(DIの)第一例を行った当時の慶応大学の教授が載っています。「人工授精児生まる、各界から是非論」まぁ、そうだと思います。一面なんですけど、「養子より現実的じゃないか」と先生が言っているということなんですが、「面識もないある男性の子種をもらい受け、人工的に妻の体内に注入したところ、見事に妊娠し…」と、なんだかすごい論調です(笑)。「月が満ち、8月下旬、3200グラムの女児を分娩し、ここに文字通り人造人間が誕生した」ってですね…今から思うと、人造人間なんだ!?って、自分が笑ってしまいます(笑)。こんな大センセーショナルだったために、各界の先生がいろんな意見を出しています。


賛成か、反対か

AID-6 左側に出したのが(DIに)賛成の先生と、右側が反対。真ん中は、ちょっと分からないという人達です。各界の経験者、有識者でも意見が分かれています。こっちの(賛成の)人達は、優生学的に選ばれた子供を作ることはいいんじゃないかという様な事を言っています。…特にこの人の意見は面白いですね。「良い子を多くし、悪い子を少なくすることは…」って(笑)。この方は、宗教の方なのでそういった意見を持っているのかも知れません。
ただ、もちろん反対だっておっしゃる方が圧倒的に多くて、産婦人科の先生、それからメディアの方も含めて、何か人間の企てなんじゃないの?という意見をおっしゃっています。やっぱり我々の常識としては、反対意見が普通なんじゃないのかな、と思うんですね。

まとめてみると、結局、第一例っていうのが、医療なのか治療なのかわからない。法律の規定もないものですから、違法か合法かもわからない。この辺で彼らの思考はストップしているんです。結局、治療対象は夫婦なので、子供は関係ないんじゃない?という、だんだん子供の切捨てが始まりました。次に(精子)提供者はどうなるかと言うと、提供者もよく分からないからってここで提供者の切捨てが始まって、最後に(人工授精児は)絶対的少子数なので、細かいこと考えなくていいんじゃないのか、そんな論調になってしまいました。最後にそれから子供のケアは、50年間なかったというのが、その後の経過です。

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1997年、日本産婦人科学会からガイドライン

日本でその後、組織的なディスカッションが行われるようになったのは1997年です。日本産婦人科学会というところがガイドラインを出しました。それに引き続いて今度は弁護士連合会だとか、厚生科学審議会や学術会議という政府の諮問機関が提言を出していますが、皆内容はバラバラです。>
提供者の情報をどこまで子供に知らせるかという点なんですけども、全く非公開がいいって言っている所もありますし、一部公開、限定といった所もあります。これだけですね、この2003年の厚生科学審議会では、私達を今でもサポートしてくれている、慶応大学の小児科の渡辺久子先生や、奈良にある帝塚山大学のソーシャルワーカーの才村先生などが積極的に発言して下さって、子供にはちゃんと事実を伝えましょう、そして事実にアクセスできるようにしましょうという結論に至りました。それ以外はもう、どう扱っていいかわからない、というような結論になっています。日本弁護士連合会はあんまり、子供に対して理解が深くないですね。


NHKスペシャル「親を知りたい」

2002年頃、僕がちょうど母親から事実を知った頃に、ちょうどNHKスペシャルの「親を知りたい」という番組で海外のDIの話が放映されました。すごいよくまとまっていましたので…内容を少しご紹介します。

慶応大学の当時の名誉教授だった飯塚先生、さっきの家庭朝日の話の後を継いで、ずっと日本のDIの歴史を作って来た人がまず出てきます。慶応の精子提供は全て当時医学部の学生で、「私はあなたの子供です」なんて現れたらどうです?提供者なんて集まりませんよ、と彼は主張する。お金で釣っている訳じゃないし自分は悪いことしている訳じゃないんだっていう、そういうスタンスなんですね。これは凍結された精子です。今は凍結精子が使われていますが、僕が生まれた頃は凍結ではなく、保存できない状態でやっていたようです。

やっぱり議論の中心はアメリカです。この時は2000年なんですが、アメリカでは「こどもの会」が既に取材されているんですね。カナダのトロントに、この時だけで100人の子供が集まって、お互いの経験談を前でしゃべって共有してる。DIで生まれた子供たちのネットワークが、英語圏、ヨーロッパでは出来始めていて、そして、彼らの面白いところは自分たちの母親が受診していたクリニックの名前と、年齢、あと目の色とか髪の毛の色とかから結構兄弟が見つかるそうなのですね。
彼らはネットワーク上ですごく古いメーリングリストがあって、毎日のようにメールが来るんです。そういうところで知り合って、実は近いんじゃないの?と、遺伝子検査をしてみたのがこの話で、多分バリー・スティーブンス(Barry Stevens)だと思うんですけど、この3人達がやってみたところ、「その通りです、あなた達は兄弟です」と判定された。すごいですね。日本では慶応大学は1人の提供者から最大10人っていうリミットを設けていたそうです。なので、最大僕には10人の、同じような顔をした兄弟がうろうろしているかも知れません。そして、特に凍結精子ではない世代なので、年齢もおそらくすごく近い。

これがビル・コードレイという、ソルトレイクシティに住んでいる建築士で、もう60歳になります。この前お孫さんが生まれましたって、facebookで喜んで写真を上げていました。彼のお父さんはユタ州という鉱山とか肉体労働者の町の人で、すごくマッチョな肉体労働者だったのだけれど、僕は小さい頃から本を読むのが大好きだった。全然似ていない。お父さんは(ビルのことを)生っちょろいと言ってすぐに殴ってくるんだけど、僕は本が大好きで殴られるのはすごく嫌だ、と思っていたら、やっぱりお母さんから「あなたは本当の子供じゃないのよ」と言われてびっくりした。その不満をバネに、彼はDIの子どものグループを作り始めました。今は、すごい数の子供が集まっていると思います。昨日おとといなんかも、どこどこ州の誰が登録しましたってメールが来ると、誰かがようこそってメールを返す…そんな感じです。彼はユタ大学の卒業者名簿を元に、自分のリストを作って、(遺伝上の父親が)この人かな、この人かなって顔写真も机の上に並べて見比べています。慶応の場合には、一学年100人いますので、僕の世代では候補者は400人いますので、ユタ大学の35人よりは、そう簡単に1人に絞るのは難しい。ビル・コードレイは、最終的にこの人かもしれないという1人を見つけたそうですけども、話しかける前に亡くなってしまったそうです。


法制化されないまま現在に

日本では当時、産婦人科の先生のお話では、3年経って子無きは去れ、産めない嫁はいらないという社会風潮があった時代に、実は嫁の問題じゃないのに子供が出来ない人を救いたいという思いがあった、それはすごく伝わってくるんです。飯塚先生も亡くなり、その弟子の大野先生もこないだ亡くなりましたが、お二人とも親を助けるのが産婦人科医だ、みたいな熱意は感じられます。しかし、彼らがした説明は「誰にも話してはいけません」。親としても事実を話さないほうが幸せだろう、という固定観念で動いてしまっているんです。こういった感じでずっと日本の精子提供の医療としては続いてきて、子供だけが結局取り残されてきた、という現実があります。

これが、1997年になって日本産婦人科学会から初めて見解が出ました。ガイドラインですね、守ってくださいねという程度なんですけども、初の実施後50年ほど経って初めて作られました。記録を残してください、行うときは施設を登録してください、と明文化されました。
実はここまで、どこのクリニックがやっているか、誰も把握していなかったのです。それまでは、やりたい施設が勝手にやって構わないという次元でした。この後に続いて2003年に厚生科学審議会という厚生労働省の外部組織が委員会を開いて、子供にどこまで出自を教えたらいいのか、どういう人を提供者として認めてもよいか、子供の権利をどう考えるか、議論しました。例えば兄弟間での提供が既に問題になっていました。本人に、精子・卵子がない場合、その弟妹の精子・卵子を使うことは良いのか悪いのか、これまでディスカッションされていなかったのです。この委員会で子供の権利として、15歳になったら、(提供者の)住所・氏名を知ることが出来るという、すごく革命的な答申が出されました。しかし、これは「答申」という、あくまでこうしたら良いんじゃないかという指針であって、法律にはなっていません。その後もかれこれ10年経ちますが、全く法律化の目処は立っていません。 

AIDで生まれるということ~加藤英明さんに聞く~ Part-2
1. 出自を知る権利とテリング

子どもから見たDIの問題点

2002年頃、ちょうど僕の知った時まず思ったのが、子供の団体があるんじゃないかと思いました。難しい病気の患者さんの団体があるように、子供の団体があるんだったらまず相談してみようと思って探しましたが、そんなものは全然出てきません。色んな人が色んな事を言っているんです。

(スライドの)左上の加藤尚武という、学術会議などにも参加している非常に高名な哲学の先生ですが、この人も、「漠然とした不安に駆られて父親を知りたいという子供がいるだろう、子供の意見を推測して私はこう思う、というような事を言っていました。そして(スライドの)右は飯塚先生ですけれども、僕が直接会った時に、「精子提供者は僕が直接選んでいる」と言っていました。彼はとある運動部の顧問で、すごく体育会系なんです。先輩の言うことは後輩は聞け。とにかく筋肉マッチョで、そんな中で、「私が若くて健康的な学生の中から選んでいるし、成績だって良い。家族構成まで調べているんだ、だから問題は無い。何が問題あるというんだ」という、そういうスタンスなんですね。子供がどう思っているかなど関係なく、こうなんだと決めつけているんです。ようやく最近6、7年で子供の発言が顧みられるようになってきました。

実際の問題点は、子供から見るとこの3つです。

 1. 情報からの孤立
 2. 社会的な虐待
 3. 家庭内の孤立


「情報から孤立している」。つまり、相談相手が居ないということです。僕が最初母親に聞いたときも、「精子提供で受けたのよ」と聞うだけで、何という不妊治療か分かりません。産婦人科の教科書を読み直してみましたけど、ほんの一行だけ「AIDという治療があり…」って、本当に1行だけ書いてありました。医学生じゃない普通の子供が見たら、ますます何だかわからないだろうと思います。

AID-21 二番目は僕はあまり問題ではありませんでしたが、「相談できる窓口がない」。例えば児童相談所にしても、保健師さんにしても、DIなんて言葉は知らない人が圧倒的に多いです。僕の仲間で1人、学校のカウンセラーのところに行って「私、精子提供で生まれたらしいんですけど」って言ったら、「はぁ?そんな事あるわけ無いじゃない!」って言われて、もうすごく嫌になったという子供がいます。小児科や精神科の先生ですらほとんど知識がないですし、最低限、小児科の先生とかには(DIのことを)知っておいてもらいたいと思っています。

一番問題なのが家族内で共感してくれる人がいないという事ですね。うちもそうですが、母親はDIのことなんて話そうとしませんし、むしろ隠しておきたい、母親の言葉を借りれば、「墓場まで持っていく」という事なんです。家族内に自分の相談相手がいないのに、離婚とか死別とか非常に悪い環境で知らされるというのが、一番よくありません。非常に親が感情的になるんです。もう、親自身が病気のことだったり離婚のことだったり、そして話したくないことだったり、いっぱいいっぱいになっているのに、抱え込めなくなってしょうがないので子供に話す、みたいな…。親が「包んであげる」とか、そういう次元ではなくなってきます。先程のケン・ダニエルズという、ニュージーランドのソーシャルワーカーがいいことを言っていて、親に隠されていると自分がすごく悲しく感じるのだそうです。ニュージーランドでは、両親が不妊治療を肯定して受けていないと、子供はとてもじゃないけど幸せにはなれない、という風に思われているそうです。

「アイデンティティの喪失」という言葉をよく聞きます。アイデンティティを作るには、この下にあるパーマネンシーが必要なんだというのが、ソーシャルワーク的な考えなんだそうです。「アイデンティティ」とは、「自分が何者か」ということなんですが、自分がここにいるということと同時に、自分が生まれてからここに居るまでの歴史的な経過が、自分を創っているということなんです。自分が生まれたという事実があって、育てられた経過があって、その最終形として今があるので、生まれた時のことを隠されていたり、父親が違うという重要な情報を隠したままで育てられるのは、アイデンティティが崩壊するに決まっている、ということなんです。だからこそ、事実をしっかり伝えてあげて下さい、というのが、僕らの主張です。


WHO「子どもの権利条約」

AID-22この後、「子どもの権利条約」についてお話します。国連は第二次世界大戦後、「世界人権宣言」を発表し、家庭を作る権利は皆持っていると言いました。その後「人権規約」というものが成立し、結婚して家族を作る権利はあると言っています。だけど、子供を作る権利はあるとは、どこにも書いてありません。解釈すると、第三者の身体や権利を売買してまで子供を持つ権利を許されるかどうか分からないということだと思われます。子どもを持つことが絶対的なメリットになるかどうか、相対的な問題なのではないでしょうか。
その後、1990年になってWHOが「子どもの権利条約」というのを作りました。子供はこんな権利を持っています、皆守ってください、というそれだけなんですけども、子供が出来る出来ないというだけではなく、子供が出来るのなら幸せな子供を作る、という、質を求める医療に変化してきています。先程あったような、「三年子無きは去れ」という時代から、子供が無くても生きていこうという、だんだん変わってきて、それでも子供を持つんだったら子供を幸せにしていきましょうという、医療として質を求めるように変わってきています。


子どもの出自を知る権利

この1990年のWHOの「子どもの権利条約」では「父母を知り、かつ、その父母によって養育される権利を要する」とされています。子供が自分の出自を知る権利というのが、北欧からスタートして世界各国でだんだん認められてくるようになりました。僕が今年の初めに調べた限りですが、(スライドの)赤いところは、子供が遺伝上の父親を知ることができると法律がある国です。この黄色のところは、個人を特定はできないものの、例えば目の色とか髪の毛の色とか、場合によっては職業とか、本人の特徴を示す情報を与えるとしている国です。子供の中でも、あの先程のbabycomのサイトで経験を載せていた子供もそうですけども、自分が精子というモノものから生まれたんじゃなくて、人間から生まれたって事が知りたいっていうのが意外と多いです。
反面、完全匿名性というのが例えばフランスです。これは宗教的な絡みが強いと言われています。アイスランドなんかは非常に面白くて、ダブルトラックという完全匿名と完全個人情報の開示と両方同時です。精子提供者が精子を提供する際に、自分の情報を教えて良いか駄目か選べるんです。自分のことを知らせても良いという方にサインをしたら、後から子供が出自を知ることが出来るんです。

AID-23子どもの出自を知る権利を法制化した第一例は1984年のスウェーデンです。
1994年の国連より更に先立ってスウェーデンでは既に、子供は提供者の名前と住所を知ることが出来る法律が出来ちゃったんですね。非常に画期的です。スウェーデンとか北欧の国は隣の国のクリニックに行けば、国を越えて精子とか卵子とかの売買ができるということが背景にあるようなんです。
こういう法律を作ると提供者がいなくなるという心配をされる先生が多いですが、実際スウェーデンでも、積極的な提供者Active Donorがすごく減ったそうです。ただ数年後、数は戻ってきているそうです。自分の所在が子供にわかっても良いから、それでも子供を作ることに協力してあげたいという人が増えてきたそうです。これは人間的に、むしろ真っ当な考えかなと僕は思うんです。その良い結果として、子供に出自を伝えた親が増えていて、現在はほとんどの親が子供に(精子提供の)事実を話してあげてる、そして親と子供で血が繋がらない新しい親子関係を作っていると考察されています。

スウェーデン、スイス、オーストリアで、イギリスと情報開示の年齢はこうなっています。だいたい18歳が多いですね。日本では2003年に出た答申が15歳になっています。同時に精子提供者の情報は国として保管するということになっています。しかし、ただ単に法律で決めれば良いじゃないかというと、そういう簡単な問題ではありません。法律で親を知る権利がある、提供者の情報は国が管理するといっても、自分が精子提供で生まれた子供かどうか知らないと、知る権利を施行できないわけです。その為に、両親が「あなたは精子提供で生まれたんだ」ということを話すことが重要です。包容感を持って、家族の中でのコンテクストで話してあげなければいけないですね。


「テリング」について

(事実を伝える)モデルとして、養子が考えられています。元々特別養子縁組という仕組みが日本にはありまして、何らかの理由で子供が育てられなくなった場合、子供をどこかに放置してしまったり、親が養育権を放棄してしまった場合、裁判所が元々生みの親とは法律上引き離して新たな養子縁組を組みなおすという、特別養子縁組という制度があります。これの場合には、戸籍上、法律の何条に基づいて入籍とする、という一文が加わります。子供はいつか気付く、子供がいつかわかるんだったら話していきましょうって言うのが、Open Adoptionっていう考え方です。
後になって「お母さんこれ何?そんなの聞いてないよ」って聞いてグレるよりは、最初からあなたはうちが引き取ってあげたのよって話して上げようということなんです。親子関係を秘密にすることは有害な緊張関係をもたらす、とケン・ダニエルズなど多くの人が指摘しています。一番の解決方は親子間での秘密を無くしてオープンにするという事です。それを「テリング」と言います。

子供に事実を伝える、告知するという意味で、養子で最初に用いられ、今後精子提供の場合にも使えると言われています。いきなり事実を、親が亡くなりそうになったり、離縁しそうになったところで慌てて伝えるというのは、やはり良いことではない。そうではなくてあらかじめ準備して、何らかの形で良い状態で子供に説明していくというテリングが模索されています。

何歳になったら伝えるのがいいのですか、というのがよくあるんですが、何歳という決まりはありません。小さければ小さいほど良いというのが、全体として言われていることです。このオーストラリアの絵本のように、赤ん坊だったら絵本、少し大きくなったらもう少し難しい内容と、試されてきました。

日本でもテリングのための道具、絵本が何人かの先生によって作られてきています。こちらが、清水先生という国際医療福祉大学の看護師の先生が作った本ですね。彼女は、DIを受けようとしている、もしくは今受けているというカップルの方々の会の勉強会を定期的に開催していて、テリングの重要性を伝えています。どのようにテリングしたらよいだろう、とディスカッションしていて、海外を参考にして絵本を作ってみようというのが彼女のやり方です。
こちらが才村先生という帝塚山大学でソーシャルワーキングをやっている先生が考えたライフストーリーブックというものです。生まれた時の写真のページとか、学校に入るときの写真とか、色んなページがあります。DIで生まれた子供は事実を知らされると、子供の頃の記憶がガラガラッと崩れちゃう。でも、そのままだと生きていけないので、自分が持っている写真とかを貼り付けてもう一回作り直そう、という方法です。先生と面談しながら、「じゃあ今日はこのページを埋めよう」と実際にやっている方も居ます。

2. 行動をはじめた子ども達

イギリス

AID-1イギリスなど海外の話を少ししようと思います。イギリスは2004年に「子供は提供者の住所氏名を知ることが出来る」というHFEAっていう法律が出来て、同じ「HFEA」っていう公的組織を作りました。専従の職員が居て、提供者の情報が全部リストに持っているんです。1990年以降に生まれた子供は23歳くらいまでですが、ホームページの子供、それから提供者のそれぞれをクリックして、自分の情報をここに登録すると、この組織のほうで「もしかしたらあなたの親はこの人かも」と出してくれるんです。公的な機関がちゃんとサポートするようになっているそうです。 逆に、法律が出来る前に生まれた子供は何も知らなくっていいのかっていうと、イギリスでは、UK Donor Linkという別のサイトを作って、ここでもまた、「わたしは何処何処のクリニックで何年に生まれました」と登録します、そうすると、また別にドナーのページがあって、提供者が「わたしは何年くらいに何処何処で提供しました」と登録するんですね。こちらも職員がマッチングしてくれて、「あなたのお父さんはこの人かもしれません」というような情報を教えてくれるようになってきています。 こういった形で、法律になってなくてもカバーしようという流れになっています。このような仕組みがあることで、子供自身は提供者を見つけることが出来ます。親の方も意識が変わってきて、子供に事実を伝えようという親が70%を超えてきている。ある報告によると、告知をしたほうがより安定した家庭を築いているという報告もあります。


アメリカ

今度はアメリカの話ですが、Donor Sibling registry というサイトがあって、ここには2万人とか3万人とかすごい数の子供が登録しています。このページはアメリカのDIで生まれた子供とそのお母さんが始めたページだそうです。子供が親を探したいと言い、お母さんも協力してくれてホームページを作った。こちらもアメリカの中の、「自分は何処のクリニックでいつ頃生まれた」と、提供者のほうもやはり登録する。ここでは親子の関係をマッチングしてくれるのと同時に、兄弟が探せるんです。アメリカだと、クリニックの何年ごろの他に、目の色と髪の毛の色を併せて、だいたいの兄弟が分かるそうです。アメリカでは遺伝上の兄弟Half Sibling異母兄弟に会うのが、日常茶飯事になりつつあります。 アメリカのGoogleは遺伝子検索までできるようになったそうです。日本ではまだ使えないそうなのですが、自分達の兄弟の鑑定の他、アイルランド系だったとか、スコットランド系だったとか、そういうのも調べられるそうです。注文するとキットが送られてきて、唾液を保存液に入れて送り返す。そうすると、知りたい情報を教えてくれるそうなんです。


Facebook

これは僕のFacebookのページなんです。キャサリン・ラバンディという人の記事ですが、テキサス辺りの人ですけども、DNAデータベースに問い合わせたら兄弟かもしれない人が2人居ると判定されたので、ニューヨークまで会いに行ってくると書いています。 これもFacebookですが、オーストラリア でDIで生まれた子供が、私がテレビに出たよと言っています。クリックしてみると、オーストラリアで過去に遡って出自を知ることができる新しい法律が出来るという話です。こうやって国会の場でディスカッションをしている横で、そこに子供たちがズラッと並んで意見を言っているっていうんですね。オーストラリアっていう国は結構おおっぴろげで、提供者に会いたいという子供が「お父さんを探しています」ってテレビに出たら、数週間後に提供者から電話がかかってきて、「会わないか」ということになって、会ったらすごく相性が良くて、今は提供者、つまり遺伝上の父親と旅行したりとかがあったりしているそうです。でも、そんな関係も面白いんじゃないかと思うんですよね。僕も父親にはすごく会いたいと思っています。


パソコンの中の写真たち

これは僕のパソコンの中ですけど、僕も僕で当時の卒業生リストから写真を集めています。候補者は400人くらい居ますので、この人が似てるとか似てないとか複雑です。実際20人くらいには実際会ったりしているんですけど、精子提供したという人にはまだ会っていません。提供しないかという話をされていたという先生にはお会いしましたね。「もし当時自分が提供していたら、今頃後悔しただろう」と、そんなことをおっしゃっている人も居ました。ただ実際提供した人がどんなことを思っているのか、ほとんど実情は把握されていません。 僕はその後、2010年のNHKのテレビで「お父さんを探しています」と発言しました。さすがに(遺伝上の)父親から電話がかかってきたなんてことはありませんが(笑)、それ位オープンでもいいのかもしれないなぁと思います。僕も仕事があるので、父親候補を1人1人探すのはとても出来ないので、やっぱりメディアを通じてでも訴えて行きたいと思います。子供の意見を知って欲しい思いますし、現実的に遺伝上の父親が名乗り出てきてくれたらいいな、っていう目論見があります。 これは、私たちのグループ(子どもの会;DOG)です。(子ども同士で)横の繋がりがあるっていうのはすごく大きいので、僕が新聞に出るとそれを見てメールをくれたりします。僕たちみたいに、事実を知った時にも誰にも相談できなかったという子供が減らせるんじゃないかと思います。でも、日本に15,000とも数万とも言われている子供のうち、まだ僕がコンタクトをとっているのは10人ちょっとですので、ほとんどの子供は何しているか分かりません。
3. 新しい家庭を築くための不妊治療へ


まとめですが、不妊治療の目的として、妊娠すればいいという医療から、新しい家庭を築くのが目的だと論点は移りつつあります。そのために子供の福祉、子供が一緒に家庭を作っていけるような、関係を作れるような医療を目指していって欲しい、と僕は思っています。 僕自身は、DI自体がいけないとか禁止だとかは思っていないんです。ただ、やり方が悪いとは思っています。治せるものは治す、その結果として幸せに出来たらいいなとは思います。ただ、やり方は変えたほうがいい。子供にとって事実を知ることは重要で、隠し続けることは、良い事にならないと常々訴え続けています。子供は生まれてしまったらなかったことにできませんので結局は事後承諾なのですが、事後承諾でもベターなほうを模索していく。その為には子供に隠さない、子供に出来るだけ情報を与える、というのを目指して欲しいな、という風に思っています。
以上です。

AID-1
質疑応答

沢山のご質問をいただきました、ありがとうございます。非常に内容が多岐にわたり、画一的じゃないので、全部そのままお答えできるわけではありませんが、できるだけお答えしていきたいと思います。


●父親との関係

一番多かったのが、父親との関係に関する質問ですね。父親と初めてDIのことについて話が出来たのは、事実を知ってから8ヶ月くらいです。父親に話せないとは僕も思っていた節があって、僕も黙っていたのですが、とある先生に「あなたが父親に黙っているのも良くないことなんじゃないの」と言われたことがあります。それもそうかと思って、ある日家に帰って「お父さん、僕と血が繋がっていないことは知ってた?」と聞いたら、意外とあっさりと父親は「そんなのわかってた」と答えました。それっきりです。父親に対する父親像はそんなに変わっていません。むしろ話をするまでは僕のほうが身構えていて、「お父さん」と呼べない時期が結構ありましたけど、逆に父親が血を繋がっていないことを共有できているのであれば、普通にお父さんと呼べるようになったし、普通に生活できています。むしろ母親のほうはDIのことを全く僕の思っていることを理解してくれようとしない。NHKニュースの放送の時とか、実家に電話しているんです。父親に「今日NHK消しておいて」と伝えています。うちは父親が結構保守的な考え方の人なので、NHKがいつもつけているんです。母親に内緒で消しておいてねって頼んだら、「あぁ、わかった」と、消していてくれたみたいです。


●ご自身の結婚について

あと、僕自身は結婚しているのかというご質問もありましたが、僕自身は結婚していません。かわいい女の子がいたら、紹介してください(笑)。別に自分がDIで生まれたことに対しておもんばかるところがあって結婚しないのではありません。DIの子供だって、普通の子供を普通に持つという、それはDIとは別の問題であって1人の人間としての問題なんじゃないかなぁと思っています。DIの子供によっては、自分が子供を作ることはよくないんじゃないかと考えている人も居るようですが、僕には特に関係ないですね。


●両親との関係

事実を知らされる前、両親の関係に違和感などを持っていましたか?という質問ですね、僕はあんまり持っていませんでした。普通の親子だと思っていましたし、気にしていませんでした。ただ、年齢差があるのと、一人っ子だったことには普通に違和感がありましたが、年齢が離れているので保守的なお父さん、という程度の違和感です。


●テリングについて

子供が小さいうちに事実を話したほうがいい、とは、どのように話したらいいですか?という質問があるんですが、これは答えがありません。多分、専門家とか色んな報告を読んでも、全然わからなくて、ケースバイケースだと思います。絵本を使えば全例上手くいく訳でもないですし、何歳の誕生日になったら話すというのも、そう上手くはいかないだろうなと思います。ただ、先生方によっては誕生日などのいい思い出の席に話すほうが、子供にとってはいい思い出とリンクして伝わるんじゃないかという方も居ます。誕生日に話そうと決めていてもその日に話せなかったら、また話せなくなっちゃう人も居るでしょう。色んな方が居るので、一概には言えません。ただ、早ければ早い方が良いんじゃないかと思っています。特別養子縁組の子供たちと彼らのミーティングで一緒に話すと、兄弟で親が違う、血が繋がっていない、でもそんなことはもうわかっている。そういう子供ってある意味強いですね。大きくなってから再認識するよりは、子供の頃から当たり前になっていた方が、垣根が低いんだろうなぁと思います。


●兄弟

DIで、兄弟がいる例はご存知でしょうか?って、多分沢山居ると思います。慶応大学のレポートなんかを見ていても、「2人目の子供を妊娠した」という例も30年も前からレポートがありますし、実際海外だと、かなりの頻度でDIの兄弟は居るんです。同じご両親で、兄弟は全然別。さっきのビル・コードレイも、弟が居ます。確かお兄さんは養子で、弟はDIなんです。でも、それは全然わかっていて、血の繋がらない兄弟っていう、新しい家族の形を受け入れている人が多い気がします。ただ、レズビアンとか、性同一性障害とか、そういう特殊な人たちのことは正直なところ理解できないですね。アメリカなんかだと、男性同士や女性同士が、でも、子供が居ないのは社会的に認められないからといって、DIを選択するケースがあるそうですけど、子供の立場からすると、それが嬉しいとは全く思わないです。そういう、性同一性障害の場合は、むしろそちらの親のケアをして下さいって感じですよね。それで子供が欲しいんだったら、子供の問題と親の問題は切り離して考えて欲しいし、そこでわざわざDIを選択するという理由は何だろう。養子でなくて、わざわざDIですから、医療っていう人工的なものを使って子供を作る、何故そこに手を出さなきゃいけないか正当な理由がないですよね。レズビアンには、少なくともないと思います、僕は。


●知らない権利

次、子供が知らない権利っていうのはあるでしょうか?うん、難しい質問です、これは。必ず質問されることですが、子供が知らない権利を行使できる場ってどんな場でしょう?ないんです、そんなの。結局、知ってしまった子供は知らない権利を行使できませんし、知らない子供はそもそも権利を行使する必要がありません。だから、知らない権利の存在自体が存在しないと、僕は思っています。


●性同一性障害のケース

性同一性障害のケースではどうでしょう?というのは、さっきお答えしたとおりで、まぁ「やめてください」という感じです(笑)。


●優生学的側面

「飯塚理八先生は不妊に悩む夫婦を助けると同時に、人間改良っていう側面を持ってらっしゃった。安藤画一先生も、子供を作る量的な問題じゃなくて、質的問題としてDIを実施してらっしゃったので、優生学的な側面があったんじゃないか、現在でもその頭が良くてよく運動が出来る良い子が欲しい、という意味で精子バンクを利用される方も居ると思います」…そうです、その通りです!だってアメリカなんかそうですよね。インタビューで見たことありますけど、会社経営者で西海岸の大学を出て、収入がいくらで、もちろん綺麗な金髪で、僕のいくらで子供が出来てくれると嬉しいんだ、なんていう人のが、すごい額でやっぱり売れる。そりゃそうでしょうね、アメリカなんかは全く規制のない国ですから、そういう人が居て、そういう親が買いたいって言っているのであれば、それはやってもいいわけです。ただ、倫理的な問題はあると思います。日本でも、民間の会社が「提供者を集めます」「いくらで売ります」っていうビジネスがあってもいいわけです。日本にはそれを禁止する法律がありませんので、例えば日本でそういうビジネスを始めたって、誰も文句は言えません。慶応大学はそういうビジネスではないですけども、慶応の医学部に入るっていう時点でちょっと頭いいですよね。更に、運動部の学生しか選ばないっていうんだから、恐らく体格がよくて性格も悪くない…飯塚先生が直接面接してグレている学生じゃない、少なくても学費を払うくらいの家庭環境がある。そういう学生を選んでいたから、わざわざ慶応で治療を受けたという方も多かったみたいですね。ただ、社会通念として、そういう子供を求め続けてもいいのかなっていうのは、皆さん感じてらっしゃると思うんです。買ってきた「エリートな」精子で妊娠して、お母さんが満足するかだと思うんですね。すごく高い精子買ってきて妊娠して育ったけれども、結局親子関係が悪くなったり、上手く育てられなかったりしたら、それは不妊治療として完成形ではないわけです。人間改良とか優生学っていうのを気にする人も居るかもしれないけども、それは個々の人の価値観のような気がします。日本の法律では禁止していないですが、ただ何らかの抑制はかけるべきなんだと僕は思います。アメリカで、ノーベル賞学者の精子ばかりを集めた精子バンクっていうのがあって、大失敗に終わっています。ノーベル賞を取った人の精子ばかりを集めて高額で売ったんだけど、結局妊娠しないし、妊娠しても上手くいかない。どこまで付加価値で勝負するか、ノーベル賞学者の精子が欲しいっていう人がどれ位いるかですよね(笑)。ちょっとそれは本当に個人の価値観だと思うんです。多分日本って国はそこまでおかしくないと思うので、企業経営者の精子でいくら、とかはないんじゃないかな。


●買うということについて

「提供者という言葉がよくありますけど、買ってきた精子とか買ってきた卵子という言葉があったので、ちょっと馴染めませんでした」という話ですね、それも今の話にちょっと繋がるんですけど、海外のケースのほうがずっと多いんでDonor(提供者)という言葉をそのまま使っているんですけど、遺伝上の父親「Biological Father」っていうのは、日本ではまだ定着している言葉ではありません。僕は英語ではそう書きます。日本の話をしますと、場合によってはほとんど売買に近いケースもやっぱりあります。しかし、日本では精子提供は比較的よくコントロールされていると思うんですね。子供のケアが良くないって僕は散々批判しましたが、それでも慶応は自分たちで管理して、しっかり多分公表されていないデータを調査しているんだと思うんです。だけどやろうと思えば、海外で精子を買ってきたり輸入したり出来る時代です。まだ日本のDIはいいほうだと思うんですね。反面、卵子提供は、海外に行って買ってくるというのがだんだん普通になりつつあります。今年の読売新聞の特集を読んでみると、タイとか東南アジアではブローカーみたいな人が居て、専門教育を受けているわけじゃなくて、オフィスがあるわけじゃなくて、携帯電話と郵送だけで卵子を売買している。そこまでなってくると、買ってきたとか、売ってるとかに近いんじゃないかと。少なくとも精子提供に関しては日本ではそういうニュースはないけども、これからだんだん海外との取引が出てくると思います。実際国会議員が海外に行って卵子を買ったりしている時代ですから。国会議員の立場で「私がやりました」って言っちゃいけないと思います。


●事実を知ることで生まれる不満

次のご質問、「子供に事実を伝えると、子供の苦悩は減ると考えますか?ドナーについて情報がないのに、伝えられて不安になったりしませんか?」と。不満になるでしょうね、僕は不満になると思います。僕の場合だって大抵こう、多分日本人の慶応大学学生…っていうことは知っていますけど、それじゃ全然満足していないです。本人に会うまで満足しないでしょう。解決には2つ方法があって、1つは個人が特定できる情報を本人に伝えるってことです。いろんな国が先行していますが、中途半端な情報を伝える位だったら、新しい親子関係として築いちゃっていいんじゃないか。WHOが、遺伝上の父親と会えるのは子供の権利だと言っていて、僕もそれの考えに近いです。だから、提供者を探そうと思うんです。実際男として、遺伝上の父親に会いたいですし、どんな人かすごい興味がありますね。別に何かを要求したり、金銭を要求するわけでもないんだから、出てきてくれて構わないと僕は思うんですが。もう一つの解決は、特別養子縁組とかで小さい頃から出自について知っていると、親を探さなくても子供が現状に満足できる場合が多いそうです。統計的なことは分かりませんが、僕が会った子供たちも、「お父さんお母さん知りたい?」って聞くと、「全然!会いたくもないよ」。ただ、子供によっては1年に1回くらい思い出してフッと気になることもあるよね、っていう子供もいますね。だけど早めに伝えると、気にしなくなるんじゃないかな。それはそれで解決法のひとつだと思います。


●提供者自身の子ども

次です。「提供者自身の子供についてどう思うか」。例えば僕の提供者って多分60歳くらいですよね。そのお子さんたちも30代とかです。僕のHalf Siblingですよね。会いたいですね。僕もアメリカの事情は詳しくないですが、DIで生まれた子供は兄弟、Half Siblingを探したがる。そして提供者を見つけるよりも、子供同士が会うことのほうが普通になっているみたいなんですね。


●提供者に会ってみたら

あと、「実際提供者に会ってみたら、すんごいゲンナリしたらどうする?」という質問です(笑)。まぁ、おっしゃる通りですよね。いや、わかんないですよ。会ってみたら、この人やっべ~!って人だったら…(笑)。わかんないです(笑)、でも、それはそれで受け入れるしかないんじゃないでしょうか?あぁ、あと30年経ったらこんなになっちゃうんだ…と思うしか…(笑)。でも、それは知ってこそわかると思うので、やっぱり知りたいですよね(笑)。


●第三者の理解のしかた

「第三者の一般の無理解の人に、子供が事実を知ったほうがいいと言っても、知らないなら知らないままでいいんじゃないの?とよく言われ理解されないのですが、どうやったらわかってもらえますか?」という質問ですが、実際に本当に第三者の一般の人だと、子供が事実を知ったほうがいい、という同情の意見もあります。確か産婦人科の先生のアンケートだと、子どもに事実を知らせる必要なんかないんじゃないの、と答える一般の方は実際いますよね、そういう人、全員にわかってくれとは言いませんし、だけど必要なことはDIで子供ができるんだということは理屈では分かっていても、実際その子供を見たことがない人が多い。そして、子供の意見を読んだこともない、聞いたこともないっていう人が多いのではないでしょうか。だから少しでも多くの人に、子供の存在や意見を見てもらうよう繰り返すしかないんじゃないかと思います。


●なせ北欧から始まったのか?

「出自を知る権利は、なせ北欧から始まったのか?」難しい問題で、僕これはよくわかりません。出自を知る権利を認めているのは、北欧、イギリス、オーストラリア各州とかですね。ドイツとかは、確か日本と同じはずで、法律はまだないはずです。(出自を知る権利の)運動にすごく熱心な方はいるようです。で、何故北欧なのかは僕もまだ分からないです。ただ、北欧の論文を読んでみると、スウェーデンが法律が出来ると、隣のフィンランドかなんかに結構な数の人が精子を買いに行っている。彼らにはそれだけの需要があったのでしょうか?日本は単一民族ですし、島国ですし、我々から見ても韓国人とか中国人って見分けがつきますよね。だからそういった、島国事情があるのかも知れません。


●●日本でのサポート体制

「日本でDIで生まれた子供たちが、もっとサポート体制なんかを作ったらどうでしょうか?」おっしゃるとおりですね。サポート体制はもっとやりたいですけども、結局僕らに出来るのは子供のサポートです。結局僕たちは社会学の専門家でも、福祉の専門家でもないので、僕らに出来ることは話を聞くことくらいです。自分たちの経験として同じ立場の子供に話を聞いてもらうことって、すごく楽になるんですよ。僕は事実を知った頃に、同級生とかに結構ペラペラしゃべっているんです。「俺は精子提供で生まれた子供だってわかって、すごい困っているんだよ」って。僕の仲間の多くは医学生なので同情はしてくれるんですけども、あんまり自分の満足には得られないですね。やっぱりDIの子供のネットワークは頼りになると思っています。重要なのは、ここに連絡すれば誰かに話せますよって言う場を維持することです。僕も相談を受けるのは1年に1人とか2人とかの数ですので、毎日対応に追われることはありません。そういう場合にはちょっと遠くでも出かけていって会って話してみます。僕も新しい話が聞けますし、何らかの役には立っているんだろうと思います。


●カウンセリングの環境は

「相談とかカウンセリングを受ける環境は、どういった環境が良いでしょうか?」…難しいですね、これはまた…。日本ではですね、イギリスのHEFAのような公的団体を作ったほうがいいんじゃないかという意見もありまして、一時的にそんな試みもあったようなんですが、結局予算が下りるわけでもなく何も進んでいません。公的団体が必要なのかどうか、分かりません。実際カウンセリングを受けたい子どもがどのくらいいるかにもよると思います。僕が知っている限り、日本に居るDIの子供で連絡を取り合えるのは10人位ですし、実際にどの位の子供が連絡を取りたいと思っているのか、ちょっとよくわからないです。窓口があれば連絡してくれるのかもしれないですけどね。1年に1人か2人くらいであれば、それは個人個人の対応で大丈夫だし、そこに、専門家の方がサポートしてくれればベストです。


●母親のパニック、血の繋がりの重要性について

残りの2つの質問は一気に答えてしまいます。アメリカの母親で提供者探しや兄弟探しにすごく協力的な人も居ますけど、日本の場合は母親自身がパニックになっちゃったり、母親自身がケアが必要だったりするケースが多いかもしれない。この辺はどういう要因があるのだろうか、そして、血の繋がった子供が欲しいっていう親の考えと、血の繋がった親を知りたいっていう子供の考えと、多分一緒なんだろうけれども実際どう刷りあわせをするか。DIの本質ですよね。では血の繋がりが社会的にどの位重要なのか、実はよく分かりません。子供の成育史の話とかを聞いていると、だいたい環境要因が7割位って言いますよね。いくら一卵性双生児でも、違う家庭で育てられれば、そっちに染まるっていうことなんです。ただ、その遺伝的要因が3割くらいやっぱりある。で、その遺伝的要因がそんなに重要なのか本当によく分からない。ただ個人の気持ちとして、遺伝上の親に会いたいと思うだけです。これまでみたいに子供に事実は伝えないほうが良いと思われる、と推測で60年くらい来たっていうのは、やっぱり間違いだと思うんです。少なくとも、遺伝的に繋がらない親子を認める所に進まないといけないし、それでも出自を知りたいという子供には、提供者自身の情報を教えてあげるっていう仕組みがあったほうがいいんです。

日本だと事実を話す際に、母親が結構パニックになりますよね。そうなんです。仲間たちも、「うちのお母さんが大変でした」って大抵言いますし、うちの母親だって「あんたが勝手に調べたからいけないんだ」って、その後何もしゃべらなくなっちゃうし。もう、どうしてやろうかと思うんですけど…。うちの場合では、母親が自分と血が繋がっていて、父親が繋がっていないっていうのが何か申し訳ないようなところもあったりするようです。でも隠しておかなきゃいけないって、何で思い込んでるんでしょう?何かそんなに恥ずかしいと思っているんでしょうか?確かに不妊治療って自分が治療を受けていることを周りにしゃべりたいと思っている人は、そんなに多くはないと思うんですけど、だからってそんなにすごく恥ずかしいことで、周りにしゃべっちゃいけないっていう雰囲気自体が両親を追い込んでいるんじゃないか。母親も隠しておかなきゃいけない、子供が不幸せになるかもしれないって思い込んでいる、でも、なんか皆思い込みで進んでいるような気がするんですね。だからこそ、子供の立場から「そんなことはないんだ、あなたが不妊治療を受けてくれたおかげでここに居るんだ」って子供は言わなきゃいけないし、言った上で、「事実を知ったほうが子供はすっきりするし、嘘偽りない家庭が築ける」と、子供のほうから言ったほうがいいんだろうな、それは逆に子供の仕事なのかもしれないって思います。

(それでは残り10分ほどになりますので、皆さんのほうから聞きたいことやご意見ありましたらどうぞ)


●妻として夫を守るために言わない

「お父さんに対する妻として、精子がいないっていうことがかわいそうだから、夫を守るために言わないのがお母さんなんじゃないでしょうか?」 そうなのかもしれませんね。まぁでも、それは母親と父親の問題であって、僕には関係ない。むしろ、不妊治療を受ける前に夫婦で考えておいてもらいたいところです。ちょっと冷たい答えをしました(笑)。すみません(笑)。


●精子提供・体外受精は本当に治療なのか

「精子提供とか体外受精っていうのは、本当に治療なのでしょうか?なんか、お薬とかを飲む治療とかというのは、ちょっと違う形態っていう気がずっとしていて、治療として推し進めていって良いのかなってずっと思うんですが…。」

そうなんです、実はおっしゃる通りなんです。一応僕も医療界の人なので(笑)、一般の医療とはニュアンスが違うんです。治療しないと治らないとか、やっぱり命に関わると非常に健康を害して社会生活が出来なくなるというものとはちょっと違うので…美容整形とかにちょっと近いんですね。だから、まぶた二重でなくても、少したるみがあっても問題ないじゃない、という次元なんです。それをどこまでやるかっていうのは、医療倫理の問題です。どこまで人を傷つけて良いかなんです。元々医療って人を傷つけるんです。例えば点滴1本刺すににしても、針を人に刺すわけで、傷害罪なんです。メスなんか入れたら、下手したら殺人罪なんです。だけど、それが許されているのは、患者さんとの同意があって、メリットがあるから担保されているんですね。命に関わる場合なんかは、少し位針を刺したりメスを入れても、その方が有益だし患者のためになるので、職業として認めてあげましょうっていうことなんです。不妊治療の場合には、実はそこまでの合意はありません。子供がいなくても生きていけます。国連の憲章にあったように子供を作る権利がわざわざ明記されていない理由は、その辺にあると思うんです。だけど子供が欲しい、じゃあそれを叶えてあげましょう、っていうところをどう考えるか。例えば保険診療は今通っていないですね。そりゃそうです。税金を使ってまで子供を作ることを認めなくていいんじゃないかっていうところなんです。それが社会の常識なんじゃないかな。保険診療じゃなくて国とか市とかのレベルで補助金みたいなレベルでは入っていますね。それを皆さん、どこまで認めていくのか。子供がいなくても満足している家庭もあるのに、それでも子供が欲しいっていうのは、ある意味わがままなんです。だけど、そこに自分たちの税金を使う。第三者の卵子をもらうっていうことは、健康な第三者に針を刺さなきゃいけないわけです。そこまで他人の財産を使ったり他人の身体を使って、どこまでやっていいのかというところを考えて欲しい。美容形成は、自分が痛い思いをしてご本人が綺麗になればそれで済むわけですから別に良いと思うんです。だけど不妊治療の場合には、その辺が非常にグレーゾーンだと思うんですよね。この場にクリニックの方が居るのも存じてますし、もちろん需要と供給があれば、医療は成立する。ただそこに、自分に危害が加わるから嫌だという人が居れば成立しない。そういう点で不妊治療は、医療と言っていいのかどうか、正直なところはわかりません。これだけ需要と供給があって成立しているので、医療と言ってもいいのかも知れない。人に手を加えているっていう自覚を持つためにも、医療と言った方がいいのかも知れない。医療サービスではないでしょう、少なくとも。


●将来、葛藤を迎える人は増えるのか

「最近メディアとかで“妊活”とか、すごく不妊治療を普通に行えるような報道を聞いたんですが、今日の講義の最初のところで、配偶者間の治療と非配偶者間の治療で、世界的に高騰しているのは配偶者間の治療のようなので、今後例えば今加藤先生の世代の方とかの不妊治療で生まれた子供たちが10年、20年後に大人になって葛藤を迎えるであろう人達は増えるか増えないかというのはどう思われますか。もし増えるんだとすれば、社会的サポートっていうのが、何らか必要になってくるのかと。」

そうですね、非配偶者間の治療がゼロになってしまえば、僕の活動も用なしなので(笑)、それはその方がいいんです。それで苦しむ子供が居なくなるに越したことはないんです。ただ、実際(精子・卵子提供は)減らないんじゃないかと言われているんですね。現実に日本で毎年生まれる1万人の中で、今も統計的には年間170~180とかが、(DIの)年間妊娠数として報告されています。配偶者間の不妊治療もすごく進んではいるんですけど、最後どうしても治療できない部分がやっぱりあって、体外受精をしても上手くいかない部分が。精巣自体から精子を取ってくるとかも色々試されているけど、やっぱりゼロにならない。どれだけ技術が進歩しても、ゼロにならない。今の現状だと、年間100人くらいは生まれてくるでしょう。年間100万人のうちの100人だったら、それこそ絶対的少数でいいんじゃないかと思われるかも知れない。でも100人の子供たちは何かを抱えて生まれてきます。そして、卵子提供は、これから増えてきます。実数は把握されていません。特に海外事例は実数把握されていません。これまで、日本のDIでは提供者っていったら日本人ですよね。慶応の名簿を見てても、中国系か韓国系の人が1人居るんですけど、僕は気にしませんが、だいたい99%が日本人です。だけど、これが今度卵子が日本で手に入らない、だから海外に行こうっていう流れがありますので、そうなってくるとDIとか卵子提供に加えて今度は海外に話が飛んでしまって、海外は日本の法律ではカバーできない、出所がはっきりしないものが出てくる。それは、子供にとってはやはり良くないです。だから僕は海外とかで勝手に買ってこられるよりは、むしろ日本でやってくれたほうが安全なんじゃないかな、って僕は思っています。個人的な意見ではありますが。

「生まれてこなければ良かったって思った時期はありましたか?」
ありません(笑)。

「良かったです。」
ありがとうございます(笑)。 

babycomの許可を得て転載しています。http://www.babycom.gr.jp/ranshi/lecture1.html