国際ジャーナリスト 大野和基さんに聞く 日本の卵子提供のこれから 代理出産、DIの家族の問題から考える 『代理出産ー生殖ビジネスと命の尊厳』(集英社・2009年)の著者、国際ジャーナリストの大野和基さんに卵子提供についてうかがいました。 (文/白井千晶) 2011年3月25日掲載 | 大野和基(おおの・かずもと)さん 1955年兵庫県西宮市生まれ。東京外語大英米学科卒業後、1979年渡米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、ジャーナリストの道に進む。 |
Part1 代理出産、DIの家族が抱える問題とは? |
卵子提供型の代理出産:マーケル家の人々 『代理出産』の中で、大野さんが取りあげるのは、第1子は、代理で出産する女性の卵子で生まれ、第2子・3子(双子)は、依頼者の女性の卵子を使って代理出産で生まれたマーケル家。前者はサロゲート・マザー(Surrogate MotherまたはTraditional Surrogacy)、後者はホスト・マザー(Host MotherまたはGestational Surrogacy)とも呼ばれています。前者のサロゲート・マザーは、依頼者夫婦の男性の精子を代理出産する女性の子宮に人工授精する方法なので、代理出産であり、なおかつ本特集で扱う卵子提供でもあります。 このマーケル家の長男(ブラッド)は、夫(グレン)の精子を代理母(ホーリー)の子宮に人工授精させて生まれました。母(リンダ)と遺伝的つながりはありません。下の双子の兄妹ブレントとキンバリーは、マーケル夫妻の受精卵を代理母(キャシー)の子宮に移植して生まれています。大野さんは、マーケル一家、最初の代理母ホーリー、二回目の代理母リンダのすべてに取材しています。そこからみえてくるのは、代理母の葛藤と生まれた子たちが抱える不安定さだといいます。 ホーリーは代理母を引き受けたことで、実姉や母親に関係を断絶されてしまい、娘は弟を取られると思いこんでしまったそうです。さらにその後産んだ自身の息子は病死してしまったのです。ホーリーは、ブラッドが自分が彼を捨てたと思っているだろう、ホーリーのことが嫌いで恨んでいるだろうと、会う勇気がなかったそうです。 ブラッドは、メディアでマーケル家の代理出産が放映されるたびに、お前の家には本当の母親がいないとからかわれました。初めてホーリーに会ったのは17歳の時だが、その時、同じ形の親指を見て、遺伝的つながりを確信したそうです。取材の時にはうつむきがちで、答えようとするたびにリンダが先に口をはさんで、大野さんは両者の複雑な心境を感じたとのこと。 依頼人のリンダもまた、困難に遭遇したといいます。ブラッドは学校での出来事をストレートにリンダに伝えて責めることもあり、リンダは自らの正当性と子どもが見せるアイデンティティの混乱との間で、葛藤を感じていました。また、二人目の代理母キャシーは妊娠中、お腹の赤ちゃんに愛着を感じると、理性を保つためにリンダに電話をし、電話口で泣きじゃくったそうです。リンダはキャシーが気が済むまで話を聞き、代理母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになったとのこと。 双子の兄妹のブレントも、学校で友人どころか教師も代理出産を理解してくれず、ブレントの母親は、産んだキャシーだと言われたそうです。 マーケル家の取材で象徴的だったのは、写真撮影だ。マーケル一家に「家族の写真を」と求めると、母リンダと遺伝的つながりのない長男ブラッドは席を外し、4人で写真におさまったのです。さらにリンダは、下の双子は遺伝的につながっているから音楽を愛しアートにたけていると誇らしげに話し、一方ブラッドはホーリーの家系に似たために軍隊や銃に夢中だと話しました。そういうリンダは、ブラッドのために、ホーリーと一家の交流を今でも続けているのだそうです。 子どもにとって、非配偶者間人工授精で生まれることとは 大野さんは、非配偶者間人工授精(DIまたはAIDと呼ばれる)で生まれた方、複数にインタビューをしています。その一部は『正論』2010年12月号に書かれています。 アラーナ・スチュワートさん(24歳):父は死んだと嘘をついた アメリカ人、5歳の時DIで生まれたことを知る。7歳の時、親は離婚。 「父親が私と生物学的につながっていなくて、母親だけがつながっていることが常に緊張感を生じさせ、それが離婚につながったと思います」 「私たちの文化では、精子提供者と言われた場合、reference point(基準点)がないので、周囲の友達を不快にさせ、そこで会話は突然終わります。でももし父親は亡くなったと嘘をつけば、みんな同情してくれるので、ときどき嘘をついていました」 そしてアラーナさんは思春期にまったく勉強が手につかなくなった時、セラピストに『あなたが自分のアイデンティティがわからないから』だと指摘されたそうです。 ボーイフレンドに隠し事をすることがためらわれ、DIで生まれた事実を伝えると、ボーイフレンドは静かに去っていきました。 「親にすれば(精子提供を受けることは)人生の一大決心に違いなかったけれども、どうして自分のアイデンティティの半分がわからない状態に、意図的に子どもを置くことができるのかわかりません」とアラーナさんは話しています。 トム・エリスさん(27歳):母に対する怒り イギリス人、21歳の時DIで生まれたことを知る。 母親がセラピストに伝えたからですが、母親は「もうわかった。私は間違ったことをしたことを認めるから、もうそのことは忘れよう。これ以上考えるのはやめよう」と遮ってしまいました。トムさんは、母親に対する怒りを、今も収められません。 「もしも自分の出自を知る能力を子どもに与えないのならば、新しい生命の創造にかかわらない責任が人間にはある。私はすべての人に子供を持つ権利があるとは思わない。… 卵子を提供する側と受け入れる側の同意の問題ではない。生まれてくる子供は同意するはずだという前提で実行することは無効だ。その子供の人生が、親が取った行為で著しく侵害されるからだ」とトムさんは主張しています。 クリスティーン・ウィップさん(55歳):感謝の気持ちはない 41歳でDIで生まれたことを知る。 父親(育ての父親)は、6歳で病死。母が再婚した父は、クリスティーンさんがDIで生まれたことを知らなかったと思っています。 子どもの時、遺伝の授業で父親は本当の父親ではないのではないかと思い、母に問いただしたけれども、「まだ言えない秘密がある」と言われただけだったそうです。そして41歳の時、母から突然手紙が来ました。それ以来、母には会っていません。 「欲されてこの世に生を授かったのだから、感謝すべきである」という意見に対して、クリスティーンさんは「私には感謝の気持ちはまったくありません。父親、祖父母、その親戚たちとの関係を持つ機会を失って、どうして感謝する気持ちがわいてくるのでしょう」と答えています。 |
野田聖子さんが卵子提供を受けて出産したことについて |
大野和基: 愛されて望まれて生まれてきた、堂々としてくれ、でも卵子提供者には会えないよ、と言い聞かせて育てるということは、親のエゴだと思います。 子どもには卵子提供であることを伝えればいい、幸せだと言い続ける、と言うけれども、子どもは自分と別の人格ですからね。売る方と買う方、当事者同士が同意すればいいと言うけれど、私が話を聞いたDIで生まれたた3人は、私は同意していないと主張しています。愛しているからと言われても、次のステップがないのでは、埋められません。 DIで生まれた人びとは、宙に浮いたような感じだと言っています。親が離婚しても、養子でも、親が死亡していても、出自をたどることはできます。世界中の誰だかわからないのは、これと全然違いますよね。アメリカには養子であることを告白している著名人がたくさんいますが、数年かかっても生物学的父母を探して、会って、それでようやく落ち着いています。 卵子提供のエージェンシーや、ドナーのことをもっと知るべきだと思います。 カリフォルニアの日本人向けコミュニティ新聞には、毎回、必ず卵子ドナー募集の広告がでています。最低8千ドル、と報酬入りで。これが8百ドルだったら、やりませんよ。出身大学がよければ、2万ドルになったりします。親と縁を切ったも同然でアメリカに飛び出してきて、授業料が払えない日本人留学生が、カードの支払のために登録したりするんですよ。 エージェンシーのサイトで卵子ドナー募集のページを見ると、法律的に問題がない、医学的にリスクは少ない、いいことだ、と書いてありますけど、ネガティブなことは何も書いてありません。あれではインフォームドコンセントになっていない。子どものアイデンティティの問題などを、ドナー側にも言うべきです。ドナー学生は、自分にも10年後、20年後に新しい家族が生まれること、問題が派生することがわかっていません。ビジョンがないんです。募集には、提供はいいことだと書いてありますしね。 日本の卵子提供のこれから:出自を知る権利とカウンセリングの必要性 大野和基: 子どもが同意していないので、このやり方を止めるべきだと言うことについて、ある人が「私も同意しないで生まれてきた」と私に反論しましたが、子が出自を知ることができる状況が全然違います。養子も確かに本人の同意なしで縁組されるけれど、出自を知ることができるし、生まれた子の最善の利益、子の福祉という観点があって、卵子提供とは違います。卵子提供は、まだ受精卵ができていない。作らないことができる。だから作るべきでないと私は思います。お金のやりとりがなかったらいいかというと(日本の学会のガイドライン)、無償ならいいというのは浅はかだと思います。家族に起きる問題、アイデンティティの問題は、永遠ですから。子どもの問題だけではなくて、子どもをもつ親の方のコンプレックスや秘密にするストレスもあります。 でも、代理出産は止められると思うけれど、卵子提供と精子提供は現実的に言って、止められない。ならば、立ち止まって、考える。不妊カップルのためじゃない。情報があれば、やめる人がいるかもしれない、やめない人もいるかもしれない。とにかく、考える、情報を流す・情報を受けとめる。それがまず必要です。 そのためにはまず、カウンセラーが必要。不妊治療をする時、迷っている時、子どもに告知をする時、子どもが告知をされる時。カウンセリングが必要です。不妊治療を流れ作業にしないこと、自分の卵子がダメだから、卵子の提供を受ければ半分遺伝的につながった子どもがもてる、という流れ作業にしないことが必要です。いくらですか、いつできますか、血液型は何型ですか、と流れ作業にしてはいけない。そのためには、クリニックと利害関係のない、クリニックに雇われていない、中立的なカウンセリングが必要だと思います。 また、日本のカウンセリングも、アメリカのように、データとして残して、マニュアルも作って、教育や研修で使って、全員共通の、共有の知識を作っていくべきだと思います。 それからもうひとつ、子どもが出自を知れること。 卵子提供で生まれたけれど、誰だかわからない、会えない、と言われて育つのではなく、会えると思って育っていくことが必要です。私が会ったDIで生まれた人は、どんなに愛していると言われても、空白は埋まらないと言っていました。100リットルの愛情をもらっても、アイデンティティの欠損は埋まらないのです。 アメリカでとられた統計ではDIで生まれて幸せだと思っている人も3割くらいはいるけれど、そのためには、ニュージーランドのように、DIで生まれたことを知っていること、周囲が受け入れていること、隠さなくていいことが必要。 親が隠すということは、社会で受け入れられないと思っているから。正しいと思っていないなら、隠さなければならないと思っているなら、堂々と言えないなら、少なくともやってはいけないと僕は思う。出自を隠すのは人間の根元に関わるから。 ストップはできないかもしれないけれど、情報をもって立ち止まること。選択する前に、考えること。カリフォルニアみたいにすべてビジネスにしないで、ハードルも必要。それでスローダウンするのもいいと思います。トラブルや失敗例、事故もたくさんありますが、サイトにはなかなかあがってこないですよね。
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